キメラ
DATA
所在地  : 神奈川県川崎市川崎区東扇島
竣工   : 1992年9月
用途   : 資料館
敷地面積 : 4995.80㎡
建築面積 : 850.91㎡
延床面積 : 969.41㎡
建蔽率  : 17.30%
容積率  : 19.40%
階数   : 地上2階 塔屋1階
最高高さ : 10.95m
主体構造 : S造

 首都高速横羽線、大師インターを下り、産業道路を左折する。異様な匂いのする化学コンビナートを通過し川崎港海底トンネルを抜けると、人工島の東扇島にでる。ここは全てのものが人口物でできている。建物の建つ地面の土でさえも、車で運んできてつくられたものである。火力発電所の煙突の炎、林立するクレーン、人間のスケールを失った倉庫群。こうした鉱物的な臨海の風景は、もはや田園放牧的、花鳥風月的自然とは全くかけ離れてはいるが、いわば「合成自然」というべき不思議な気配を醸し出している。この自然像を日野啓三は「キメラ」(合成怪物)的と言う。この無機質とも交感できる感性での自然観はは、都市に住むわれわれには、第二の自然として意識の変貌を感じずにはいられない。
 川崎と木更津を結ぶ東京湾の海底に、直径14mの2本の海底トンネル工事が、今、急ピッチで進められている。全長15kmというこの巨大なプロジェクトの全貌を展示する資料館「マリンロードプラザ」がこの環境の中に建っている。屋上からは、川崎の浮島ジャンクション、トンネルの換気塔が突き出る川崎人工島、そして木更津取付部の工事状況が展望できる。この建物より高い巨大なタンカーが間近の海上を往来する。羽田飛行場のジェット機が遠く通り過ぎていくのがテントの庇の下に見える。
 この建物は、この環境に散在するセメント板や、薄い金属板といった工業製品で覆われている。半透明の塩化ビニールコーティング・テントのテカテカ光る質感は、人工物でありながら生命体の皮膜のように見える。日野啓三の人工的な新しい自然観での自分なりのメッセージをこの建物で表現できたらと思った。しかもトンネルが完成する1996年3月には、基礎の杭もろとも撤去される運命にあるこの建物は、強いメッセージを発しなければならないと思った。夜には半透明の塩ビテントが発光し、夜の作業船から、光る物体として海に浮いて見える。
 この建物を「キメラ」と名付けることにする。キメラという言葉の感覚は、高度成長期に生まれた私世代の人間には、ある種の鉱物的なものと生命体が結びついているような気がする。初めて敷地を訪れたときの臨海にたたずむコンビーナートや、散らかった廃材の物質性と岸に引き上げられた浮標にこびりついた貝や、海水に揺り動くクラゲとが不思議にとけ込んでいたのは、薄曇りのせいだけとは思えなかった。ここは全てが自然なのである。建物は有機的形態であるにも関わらず、背景のコンビナート群に不思議にとけ込んでいる。もはや私たちが都市において感じる自然観は、無機的な人工物とも交感できる、新しい自然観として次の世代の子供達に柔軟にメッセージしていかなければならないと思った。